急行「きたぐに」最終列車、上りも下りも寝台も座席もすべて味わう。
2012年03月20日 02時39分 月齢:27.6[二十八日月] 潮汐:中潮
(最終更新日:2019年09月02日)
13年前に投稿 | 鉄道全般 | コメントはありません
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最終日(2012年3月16日発)の「きたぐに」の切符を手に入れました。そこで行程を考えたところ、17日は卒園式。けど鉄道マニアとしては「きたぐに」に乗りたい!! だけど父親として卒園式にも出たい!!
葛藤の中で導き出した妥協案は、大阪→(B寝台)→福井→(自由席)→大阪 というプラン。自由席の状況が予想できないけど、最悪のケースでもデッキに立つぐらいはできるはずと考えて組んだ行程です。
とはいうものの、本当のところはゆったりと座りたいので、みどりの窓口を見かけるたびに帰路のグリーン車を検索してもらっていました。粘った甲斐があって出発前夜にサイバーステーションでグリーン車のところに△が出ているのを発見。いそいそと駅まで出かけて手に入れることができましたー。
これで上下の「きたぐに」に乗ることができて、しかもB寝台とグリーン車に乗れることが決定。快適にラストランを楽しめるぞー。
さて、会社帰りに大阪駅の様子を下見しておきます。ついでに往復分の乗車券を購入しておきます。
自由席狙いの人は、ホームの隅っこに集められていました。入線までまだ4時間以上あるというのに、それなりに集まっています。大垣夜行やムーンライト九州で自由席ばかり使ってた20年前を思いだすなぁ。今はもうムリ。
さて、いったん帰宅して出直してきた大阪駅。4時間前とは雰囲気が変わっています。
うわぁ、もう前の方には行くことができません。人の頭しか見えない…
無事に入線した「きたぐに」。40年前の車両と真新しい大阪駅11番線との対比が時代の移り変わりを感じさせます。
続いて乗務員へ花束が贈られました。
なんか最終日って感じですね。そうこうしているうちにどんどん時間が過ぎてしまい、ろくに写真を撮れないままに乗車します。各ドアには係員がいて、急行券の所持をチェックしています。ここから先は切符を持っている者のみの聖域です。くふふ。
ああ…「日本海」のA寝台に続いてのプルマン式寝台。でも喫煙車というのはすっかり忘れていました。でもどうせ寝台では禁煙なので全然タバコくさくないです。
上段・中段に乗り込む姿は実に不思議な光景です。走っている電車の中でなかなかこんなことできません。となりの9号車は青系のカーテン。青系がB寝台で赤系がA寝台に見えなくもないかも。
ムードを醸し出す寝台灯。ふだん列車の中で酒は飲まないのですが、今回は特別に白ワインを用意。列車での飲酒は10年前のEuronight以来だと思います。しかし、残念なことが1つ…
なぜかここの窓だけ外側が水滴で濡れています。他の窓は乾いているのにー。これじゃあ景色を堪能できない。結局福井までずっと水滴だらけでした。あーあ。
さて、寝台ではあるのだけど、いつものように思いっきり寝るわけにはいかないので、少しウトウトしては起きてノートパソコンを叩いてみたり、車内をちょっと歩いてみたり。自由席がどんな様子か気になるのですが、10号車からは遠すぎるのでやめておきます。
なんかもう、使われている文字が国鉄っぽくて、かわいくて、温かい。ベージュの下地に藍色がとてもよく似合いますね。と、寝て起きてウロウロを繰り返しているうちに福井に到着。
新潟に向かう下り「きたぐに」を見送り、しばらく福井駅構内で時間つぶしをします。留置されている521系を撮ってみたり、電光掲示板を撮ってみたり。あ、グリーン車はFirst classなんだやっぱり。
やがて上り「きたぐに」が入線です。4時にもかかわらず、少年たちがたくさんいます。キミたちは写真を撮るだけだけど、オジサンは今から乗るんだよフォッフォッフォッと口には出さないものの頭の中でそんなセリフを考えてしまうのです。
1号車から乗り、自由席を通り抜け6号車のグリーン車へ。自由席は想像していた地獄絵巻ではなく、1ボックスに2人(1人が2人分の座席に横たわる感じ)で、昔ながらの夜行列車の雰囲気でした。酒とおつまみのニオイが充満しているあたりも昔っぽい。まぁ、はっきり言ってくさいんです。若い女性がかなり多いのが意外な感じ。あからさまなマニアは少なめのようです。多分マニアは寝台に集中しているんでしょう。
グリーン車ってこんなにシートピッチが広いのかぁ。フットレストもせっかくだから使いましょう。天井も583系でしか味わえない高さ。静かで、上質な空気。
リクライニングを一杯に倒すととても快適で、結局大津のおはよう放送まで寝続けてしまいました。京都からいくらか乗ってくる人がいて、通路を行ったり来たりして落ち着かない車内になってきました。あんまりグリーン車の空気をかき乱して欲しくないんだけどね。
大阪に着いて、ついに旅が終わります。「きたぐに」の要素を存分に味わうことができました。
回送列車が出発するとき、後ろのほうで「おつかれさまでしたー!」などと叫ぶ声が入っています。個人的には静かに見送るほうがいいので、こういう騒音野郎は非常にうざい。実に頭が悪そうです。
そんなわけで、最後の乗客として思い出深い列車になりましたが、作業者としてもいろいろな思い出がある列車です。上段寝台のセットはホント大変なんですよー。座席から寝台にオール転換するときなんて、例えるなら昼から夕方までずっとジャングルジムで体を動かしている感じ。登ったり降りたり…
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