前回に引き続き、南海ネタです。
実は1ヵ月ほど前に、親戚の不幸事がやたらと重なったときがありまして、何度か高野山のそばを通りつつ田舎の葬儀場まで通ったのですが、すべてが片付いて自宅に戻るとき、ちょっと寄り道したくなりました。時刻は23時を過ぎたところ。よし、以前から行ってみたかった南海高野線の秘境駅、紀伊細川と紀伊神谷に行ってみよう。
山の中腹から真っ暗な道にそれて、進んでいきます。必要ないとずっと思っていたカーナビがこんなところで役に立ちました。
ぼうっと光る変電所が不気味ですが、さらに進んでいくと、おそらくこのあたりが紀伊細川のはず。クルマを降りて真っ暗(ホントに真っ暗)な民家の間を歩き始めました。水の流れる沢のような音がしています。うっわ、右側は結構大きな水路。真っ暗だし柵もないし、実に怖い!! 落ちたらどうすんのよって感じ。そして、さらに少し進むと看板がありました。
これが駅前大通り(?)の看板です。さらに少し歩いてみましたが真っ暗で、どうにもなりません。フラッシュを焚いた一瞬だけ、周りの様子がわかりますが、すぐに暗黒。
けものみちのようなところをしばらく歩きましたが、身の危険を感じて引き返しました。ぐぬぬ…
というわけで、紀伊細川駅への到達は挫折。最終目標の紀伊神谷を目指します。カーオーディオから流れる初音ミクの歌声に期待を膨らませてところどころ崩れた道を進むと…
紀伊神谷駅への道は、通行止め。「迂回路極楽橋廻り」なんて書いてありますが、もうトホホになったんであきらめて引き返しました。再び挫折。
というわけで、高野線の2つの秘境駅に懐中電灯も持たずに深夜にたどり着くことは不可能という結果になりました。今度は昼間に挑戦しようっと。
岸和田労働基準監督署に提出物があったので、蛸地蔵駅で下車しました。前回来た時もいい感じの駅だなとは思っていたのですが、今回は書類の提出が1分程度で終わってしまい(ほとんど書類に目を通されず)、時間もあるので、ちょっとだけ時間に余裕があります。
せっかくなので、駅の周りをウロウロしてみましょう。
蛸地蔵なんて変わった名前ではありますが、駅舎はとても美しい。
いたるところに西洋っぽさがあります。
ほら、こんな風に。とても美しい装飾です。最近の建売住宅はエセ西洋風のデザインが多いのですが、この駅舎はしっかりとデザインされています。見上げるととても綺麗。
この駅は改札内から反対側に行くことができないので、踏切を渡る必要があります。そちらの駅舎はシンプルですが、正面から見るとガラスブロックなどに味わいがあります。
いろいろと眺めていると、駅の解説がありました。「現在の駅舎は大正14年(1925)年に建築された南欧風の駅舎である。」…って、古い! 思っていた以上に古い。上っ面だけレトロにしたのでは決して出ない味はこの年月のせいなのですね。すごいぞ南海。
駅から労働基準監督署までの道はこんな感じ。
プラットホームにも製造年月日がわからない古い長いすや、古いレールを曲げた柱が屋根を支えていたりして飽きさせません。
淡輪駅の駅舎もすごいらしいので、今度訪れてみます。
最終日(2012年3月16日発)の「きたぐに」の切符を手に入れました。そこで行程を考えたところ、17日は卒園式。けど鉄道マニアとしては「きたぐに」に乗りたい!! だけど父親として卒園式にも出たい!!
葛藤の中で導き出した妥協案は、大阪→(B寝台)→福井→(自由席)→大阪 というプラン。自由席の状況が予想できないけど、最悪のケースでもデッキに立つぐらいはできるはずと考えて組んだ行程です。
とはいうものの、本当のところはゆったりと座りたいので、みどりの窓口を見かけるたびに帰路のグリーン車を検索してもらっていました。粘った甲斐があって出発前夜にサイバーステーションでグリーン車のところに△が出ているのを発見。いそいそと駅まで出かけて手に入れることができましたー。
これで上下の「きたぐに」に乗ることができて、しかもB寝台とグリーン車に乗れることが決定。快適にラストランを楽しめるぞー。
さて、会社帰りに大阪駅の様子を下見しておきます。ついでに往復分の乗車券を購入しておきます。
自由席狙いの人は、ホームの隅っこに集められていました。入線までまだ4時間以上あるというのに、それなりに集まっています。大垣夜行やムーンライト九州で自由席ばかり使ってた20年前を思いだすなぁ。今はもうムリ。
さて、いったん帰宅して出直してきた大阪駅。4時間前とは雰囲気が変わっています。
うわぁ、もう前の方には行くことができません。人の頭しか見えない…
無事に入線した「きたぐに」。40年前の車両と真新しい大阪駅11番線との対比が時代の移り変わりを感じさせます。
続いて乗務員へ花束が贈られました。
なんか最終日って感じですね。そうこうしているうちにどんどん時間が過ぎてしまい、ろくに写真を撮れないままに乗車します。各ドアには係員がいて、急行券の所持をチェックしています。ここから先は切符を持っている者のみの聖域です。くふふ。
ああ…「日本海」のA寝台に続いてのプルマン式寝台。でも喫煙車というのはすっかり忘れていました。でもどうせ寝台では禁煙なので全然タバコくさくないです。
上段・中段に乗り込む姿は実に不思議な光景です。走っている電車の中でなかなかこんなことできません。となりの9号車は青系のカーテン。青系がB寝台で赤系がA寝台に見えなくもないかも。
ムードを醸し出す寝台灯。ふだん列車の中で酒は飲まないのですが、今回は特別に白ワインを用意。列車での飲酒は10年前のEuronight以来だと思います。しかし、残念なことが1つ…
なぜかここの窓だけ外側が水滴で濡れています。他の窓は乾いているのにー。これじゃあ景色を堪能できない。結局福井までずっと水滴だらけでした。あーあ。
さて、寝台ではあるのだけど、いつものように思いっきり寝るわけにはいかないので、少しウトウトしては起きてノートパソコンを叩いてみたり、車内をちょっと歩いてみたり。自由席がどんな様子か気になるのですが、10号車からは遠すぎるのでやめておきます。
なんかもう、使われている文字が国鉄っぽくて、かわいくて、温かい。ベージュの下地に藍色がとてもよく似合いますね。と、寝て起きてウロウロを繰り返しているうちに福井に到着。
新潟に向かう下り「きたぐに」を見送り、しばらく福井駅構内で時間つぶしをします。留置されている521系を撮ってみたり、電光掲示板を撮ってみたり。あ、グリーン車はFirst classなんだやっぱり。
やがて上り「きたぐに」が入線です。4時にもかかわらず、少年たちがたくさんいます。キミたちは写真を撮るだけだけど、オジサンは今から乗るんだよフォッフォッフォッと口には出さないものの頭の中でそんなセリフを考えてしまうのです。
1号車から乗り、自由席を通り抜け6号車のグリーン車へ。自由席は想像していた地獄絵巻ではなく、1ボックスに2人(1人が2人分の座席に横たわる感じ)で、昔ながらの夜行列車の雰囲気でした。酒とおつまみのニオイが充満しているあたりも昔っぽい。まぁ、はっきり言ってくさいんです。若い女性がかなり多いのが意外な感じ。あからさまなマニアは少なめのようです。多分マニアは寝台に集中しているんでしょう。
えーと、国内でサロンカーやお座敷列車以外の普通のグリーン車ってもしかしたら今回が初めてかも知れないんですが、グリーン車ってこんなにシートピッチが広いのかぁ。フットレストもせっかくだから使いましょう。天井も583系でしか味わえない高さ。静かで、上質な空気。
リクライニングを一杯に倒すととても快適で、結局大津のおはよう放送まで寝続けてしまいました。京都からいくらか乗ってくる人がいて、通路を行ったり来たりして落ち着かない車内になってきました。あんまりグリーン車の空気をかき乱して欲しくないんだけどね。
大阪に着いて、ついに旅が終わります。「きたぐに」の要素を存分に味わうことができました。
回送列車が出発するとき、後ろのほうで「おつかれさまでしたー!」などと叫ぶ声が入っています。個人的には静かに見送るほうがいいので、こういう騒音野郎は非常にうざい。実に頭が悪そうです。
そんなわけで、最後の乗客として思い出深い列車になりましたが、作業者としてもいろいろな思い出がある列車です。上段寝台のセットはホント大変なんですよー。座席から寝台にオール転換するときなんて、例えるなら昼から夕方までずっとジャングルジムで体を動かしている感じ。登ったり降りたり…
2012年2月24日~25日、「日本海」の乗り納めをしてきました。その顛末をまとめておきます。
子供が4歳になるたびに寝台列車に乗せてあげることを恒例化してきて、4年前には伊織を「銀河」(最終日)に、2年前には佳奈を「きたぐに」に乗せたのですが、真綾は「日本海」だなと考えていた矢先に定期列車廃止のニュースが入ってきました。これは切符の確保が難しくなるかも。
1月24日、昼休みにみどりの窓口へ。お目当てのA寝台はすでになく、B寝台が1つ空いているとのこと。とりあえず2月24日発の切符を買っておきます。雪でしばしば運休が発生していたので2月24日ももしかしたら運休になるかもしれないと考え、保険としての切符を確保すべくみどりの窓口をのぞくたびに他の週末の出発分を探してもらったのですが全然手に入りません。2月に入って、ようやく2月25日発のB寝台を押さえることができました。
でもどうしてもA寝台に乗りたい!! 実は今まで国内の寝台列車ではB寝台しか乗ったことがなく、しかもおそらく今回がプルマン式A寝台に乗る最後のチャンス。最後の最後まであきらめないぞー。
2月24日当日の朝、サイバーステーションでA寝台の空きが見つかったので、いそいそと出掛けて乗変。やったー。上段と下段の両方に空きがあったようですが、車窓を独占できて頭上空間もたっぷりの下段を選択しました。B寝台は上段のほうがいろいろと便利なんですけどね。
どうやら天候も大丈夫っぽい。金曜日に運転されるのは5週間ぶりかな。一旦家に戻り、夕方の出発に備えます。
車内販売もなく、長時間停車もない15時間の行程なので、多すぎるくらいに食料を買っておきます。それから特急券・寝台券しか用意していなかったので乗車券も購入。翌日の行程が未確定のため、乗車券はとりあえず青森まで。
人が多すぎて、列車の写真が撮れない…慌ただしく車内に乗り込み、大阪駅を定刻に出発しました。
A寝台車。この文字を見るだけで思わずニヤけます。
扉をあけると、まずは乗務員室。そして喫煙コーナーがあります。
今から長時間滞在する自分の居場所を確認。それでは今のうちに車内をうろうろしてみましょう。
3面鏡、飲料水・紙コップ。昔のままのデザイン。A寝台は洋式便所があって、和式の苦手な真綾は喜んでいました。ヘッドレスト兼荷物棚を支える金具は頑丈。色もデザインも決して華やかではないけれど、とてもいい感じ。
余裕の寝台幅が生み出す快適空間。神経衰弱ができる列車って、あまりないと思います。
検札のときにもらった乗車証明書。
さて、オロネ24 2はとんでもないトラブルを抱えていて、高速で走るとすごい振動と音が発生するんです。
もうドッカンドッカン左右に振られる感じで、「これで寝るのはきついな」と思ったものの、福井あたりで寝てしまい、新津を過ぎたところまで寝続けました。速度が落ちると振動は発生しなくなるので、後半はほとんど気になりません。(単に慣れただけかも。)
減光した車内は神秘的で、静寂に包まれていました。
北に向かうほど雪は多くなっていき、特急が停車しない駅は大変なことになっています。雪国の人にとっては当たり前の光景かも知れないけど…
ほぼ定刻どおりに青森着。下回りは雪がびっしり着いています。
青森駅到着後、牽引してきた機関車は早々に開放されてしまいました。
廃止されることを知っている人ばかりなので、しばらくは写真撮影大会に。
入換機関車が連結されて、やがて車庫へと引き上げられていきました。
2回目の「日本海」乗車、国内初の1等寝台、最後のプルマン式寝台、最後の大阪発ブルートレイン。このような感じで乗り納めでございます。
あくまで個人的な意見ですが、225系は223系と比較して、あちこち下品な感じがします。先頭形状は言うに及ばず、つり手の色、ドア開閉時のエアの音質、隅部Rのないカブリツキ窓、面取りの整形が甘い荷棚のブラケットなど…223系の方がずっとずっと素敵。
そんな223系に、異変が。
223系なのに、シートの生地が225系。223系の中にはシート生地がお疲れのものも多かったので、綺麗になったのはいいんだけど…嬉しいやら悲しいやら。
でもなんだかシートだけ色が濃くて、やっぱりデザイン的にはオリジナルがいちばんのようです。